[郵便史/超一級資料]明治37年菊ハガキ一銭五厘2枚一対セット、鉄道郵便印(函館・尻別)噴火湾二大網元「山越水産税区宛」実逓便

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ゆうちゃん
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Description


[商品の説明]
・明治30年代に北海道のみに存在した漁業に関する独自の税金(水産税)を徴収・管理する行政組織宛に噴火湾(内浦湾)沿岸の漁業関係者あるいは網元が(黒岩村 ・現八雲町)(掛澗村・現森町)所轄の長万部の山越水産税区事務所からの尋問に対して回答した実逓ハガキ。(同日到着)明治37年(1904)6月、日露戦争下の北海道鉄道(現函館本線)開通直後における鉄道郵便網と当時の噴火湾(内浦湾)における水産経済史・網元の実態を完璧に実証する博物館級の[実逓便(エンタイヤ)菊ハガキ1銭五厘2枚一対セット]です。別々の場所から出した行政報告書が最新の鉄道郵便で運ばれ長万部の役所でほぼ連番で同時処理されたという当時の物流と行政の正確性を100%証明する一級の歴史資料です。

[本コレクションの歴史的価値と同日同時受領物証]
■1枚目(茅部郡 掛澗村 村上勝太郎氏 差出し)
・6月14日掛澗村の有力網元である村上勝太郎氏が従前の尋問通知書の回答として日付け「第六月十四日」と墨書きし掛澗村ポストに投函し翌日隣村の砂原村郵便局に到着。(6月15日砂原局丸一印)。その後逓送経路である森村まで陸路で移送。
・6月15日(昼下がり)前年末に(明治36年11月)開通したばかりの北海道鉄道列車に載せられ森村駅を北上。長万部局の夜間閉鎖の関係で主要拠点である八雲郵便局にて一泊(6月15日八雲局の丸一中継印)。

■2枚目(山越郡 黒岩村 加藤喜三郎差出し)
・6月16日黒岩村の有力網元、加藤喜三郎氏が同じく水産税区の従前の尋問通知書の回答として公式報告書日付け「第六月十六日」を起草しその日16日に黒岩村局より北上する郵便列車に(鉄道郵便)に直接投函、又は駅より積み込む。車内にて「函館・尻別間」の鉄道印が押印。

★[受領番号89号と91号が証明する物流の完全同期]
・15日の夜から八雲局で待機していた1枚目と16日朝に黒岩から載せられた2枚目が同一の郵便列車(函館・尻別間)の車内で完全に合流。16日中に長万部郵便局に同時に到着し(長万部局16日到着印)宛て先である山越水産区に一括配達。特筆すべきは役所による受付印の番号が第89号と91号というわずか1通を挟んだだけの驚異的な肉薄した連番で同時処理されている点です。噴火湾を挟んだ別々の地から異なるタイミングで出された郵便物が寸分の狂いもない鉄道郵便のリレーによって役所の受付簿の同じページへ記録されたという、実証的かつ歴史的に極めて史料価値の高い「同日同時受領」のセットです。

[当事者が著名な大網元であった根拠本文解読]
・茅部郡 掛澗村 村上勝太郎氏(かやべぐん かかりまむら むらかみ かつたろう)
明治30年代の北海道噴火湾(内浦湾)沿岸はイワシ・ニシンの地引き網・建網・大網(定置網)の最盛期を迎えておりました。水産税区は漁師たちの水揚げ高や(秤皿による検査)誰がどの大網を(大規模な定置網)仕立てて操業しているかを厳格に管理・調査しておりました。水産税区より取り調べのあった鰮(イワシ)網の件について村上勝太郎氏が公式に大網を仕立てて確かに操業しているものでありますと漁業権と操業実態を証明し回答したと推察されます。

”秤皿持(はかりざらもち)尋問ノ鰮網ハ(じんもんのいわしあみは)掛澗村 村上勝太郎(かかりまむら むらかみかつたろう)の大網ニ仕む候也(おおあみにしむ そうろうなり)”

・山越郡黒岩村 加藤喜三郎氏(やまこしぐん くろいわむら かとうきさぶろう)
長万部水産税区から出された照会案件番号第25号に対する正式な回答として鰮の地曵網について私どもは大網を仕立てて操業しており水揚げされた魚類の出荷・荷扱いについて以下に報告致します。という実態を伝えております。文中教科書的な草書体と異なる浜の現場で書き慣らされた極めて稀な筆跡(クセ字)も含まれております。

”御沙汰山越区第25号ニ付御照会此度鰮地曵の儀に付大網仕立候間魚類御荷扱儀・・・・・・。

[商品状態]
・明治32年発行の「菊ハガキ青枠1銭5厘実逓・2枚セット
・消印
1枚目:函館・尻別間(鉄道印)、長万部局(丸一印)、山越水産税区授受印「第89号」、太田氏検印
2枚目:砂原局(丸一印)、八雲局中継(丸一印)、長万部局(丸一印)、山越水産税区授受印「第91号」、太田氏検印
・経年によるヤケや微細なシワはございますが、120年以上前の紙製品としては文字や印影は鮮明に残っております。


[消印に関する特記事項]
消印最上部の「函館」の文字が掠れて不鮮明ですが「〇〇・尻別間」「三十七年六月十六日」「下り一便」の刻印は極めて鮮明です。従いまして本印が「函館・尻別間」の丸一型鉄道郵便印である事は100%歴史的に証明されております。


北海道の鉄道郵便史の黎明期と噴火湾漁業黄金期の二つの歴史がクロスオーバした二度と手に入らない唯一無二の歴史的一次資料です。大切に引き継いでいただけるコレクター、郷土史研究家、博物館関係者の入札をお待ちしております。尚、商品説明等はハガキに記載されているデータを私なり調査・解読したものでありますので購入に際してはご自身の判断と自己責任でお願いいたします。


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