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Описание
| 必ずお読みください! |
| 2018年3月から出品者に「ヤフーかんたん決済」の利用が強制されました 当オークションでは長くご利用を遠慮いただいておりましたが、今後ご利用を「可」とすることにいたします 但し今回の改悪により入金までさらに長時間を要するようになり出品者には大きなリスクと言わざるを得ません つきましては、引き続き良品を出品し続けるために次の4点を遵守願います ①必ず落札翌日までにお振込みまでのお手続きを完了願います ②お品物がお手元に届きましたら当日中に「受取連絡」を願います ③落札の翌々日または翌々々日にスムーズなお受け取りのできない方(時間指定は承ります)の入札はご遠慮下さい(お支払いをいただいても「受取連絡」がない限り入金されないのが現在のヤフオクのシステムですのでご了承ください) ④領収書は発行いたしません(当方へ全額入金はされません/領収書はヤフーに請求されるか金融機関等の受領証で代用ください) 以上お守りいただけない場合は「落札者都合」で落札を削除いたします(この場合お客様に「非常に悪い」の評価が自動的につきます)のでご注意ください! どうかご協力をお願い致します なお必ず自己紹介欄をお読みになり内容をご納得いただいた上でご入札ください |
| 作者と作品 |
| 越前国(現福井県)生 はじめ日光山内の律院に住す、安政5年仝国太平山内(現栃木県栃木市)に霊地を見出し「太平山三光院」の開基となる 太平山転住後は加持祈祷により病人を救い窮民に施し、また永野川の架橋に際しては浄財を集めこれを完成させた 時まさに幕末の擾乱期にして、元治元年の水戸天狗党の太平山駐留に際しては住民の安全に尽力、戊辰の役では会津藩主松平容保を説得し降伏させるための準備を試みるなど(その後急逝)した また北白川宮(最後の輪王寺宮)に深く信愛されるなど、諸方面で活躍した幕末期の名僧、慈雲律師(1832?~1868)の『太平山三光院慈雲律師遺稿』の初版本 大正6年、栃木町平井鈴木養作(かつての慈雲律師の門人)編及び私刊 日光山門主彦坂諶照折込題字 巻頭口絵に慈雲自作の肖像彫刻や遺墨の写真入 冒頭は「太平山三光院律院敷地御見分願書」や「示談盟約議定證文」など太平山三光院の建立や維持に関わる当時の記録など、慈雲の太平山三光院開基への思いが読み取れる 「遺稿」のタイトルではあるが特に中盤以降は慈雲の挿話集の感、幕末期を庶民共に駆け抜けた名僧の横顔を当時の歴史的事実の中に読み取ることができる 慈雲の生涯を辿るには唯一無二の参考資料と言えよう |
| 状態・その他 |
| 状態は経年並 表紙にスレ痛みあり 元題箋(但し痛みあり)付 古いものですので、画像をよくご覧になり、ノークレーム、ノーリターンでお願いします |