昔の絵葉書 伊勢朝熊登山鉄道 第一隧道より第二隧道を望む

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Описание


少なくとも半世紀以上前(第二次世界大戦前)の
【1行1字詰めの縦書き】時代の絵葉書です。

3-Sー48

未使用ですが、自宅保管品であることを ご考慮下さい。
☆内容については写真をよくご覧下さい。 
状態は 年代の割りに概ね良好ですが、
  経年変化・小じわ・小しみ等 見受けられます。
  完璧な物を希望される方は 入札ご遠慮下さい。
  時代の「古さ」を尊ぶ方の ご入札を お待ちしています。
☆ご質問等にはできる限りお答えいたしますので、お気軽にお問い合わせ下さい。



朝熊登山鉄道は「伊勢に参らば朝熊を駆けよ 朝熊駆けねば片参宮」といわれるように、神宮へ参詣すると必ず朝熊岳の頂上にある金剛證寺へ参詣した。この金剛證寺は標高555mの朝熊岳の頂上に位置していたので参詣の便を得るために敷設された。
朝熊登山鉄道(株)は大正9年1月28日に設立され、同12年10月27日に工事に着手し、同14年に楠部・平岩間4.3km、平岩・朝熊岳間11.1kmが開通した。この間楠部から平岩までは電車で約13分、平岩から朝熊岳まではケーブルカーに変わり約9分で結んでいた。
このケーブルカーは東洋一の急勾配で、山頂の眺めはすばらしく、足元には伊勢市の市街、海をへだてて神島、渥美半島、知多半島を見おろすことができた。空気のきれいな日には、以前は富士山や北アルプスまで見えたという。
当時の朝熊山は県下有数の観光地で、鉄道開通の翌年には、年間52万人が登山鉄道に乗ったという記録がある。
昭和19年1月10日、太平洋戦争の激化と共に、登山鉄道の運転は休止となり、同年8月には鉄道施設は撤去され、レールは軍需品として供出された。
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