本書は露伴の随筆集で、当時、露伴と親交の深かった川村が手がけた数少ない装幀本の一つではないかと考えられます。
本書の装釘についての逸話は次のとおりです。文中に仇十洲(仇英)のことが出てくるというので、中川一政画伯に改造社から三十円(誂えの背広一着分)で装幀の注文が入り、中国風の下絵を描いたそうですが、それが露伴翁のイメージと違うということで没書になったという曰くつきの本です。中川一政の代わりに実際に本書の装幀を担当したのは、誰だったのか。たぶん『洗心広録』(大正15年)の装幀を担当した川村清雄ではないかと推せられますが、川村清雄の装幀本については未だ同定困難の状況にあって、本書表紙の《松瀧図》(画像1)と《瀑布》(画像10)とを比較して判断していただくほかありません。
出品の書物は、総布装の上下端にイタミ、裏見返しに旧蔵者名書き込みなどありますが、本文には書込みも線引きもありません。