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Описание



| 出品物 |
ご覧頂きありがとうございます。今回出品する品は写真の短刀です。 銃砲刀剣類登録証番号 新潟県 第074051号 種別 短刀 長さ 17.5センチ 反り 0.0センチ 目くぎ穴 不明 元幅約2.3センチ 元重約0.6センチ 銘文 不明 初だし品の短刀になります。登録証は銘文と目釘穴の数が不明となっていますが、これは柄に和紙の ようなも物が巻かれその上から漆のような塗りがされている為に柄が取れなく不明となっています。 和紙を外せば、柄は取れると思いますが、和紙が破れるので外していません。 初だし品の為、刀身は錆身ですが、平造りの棒樋の腰樋と護摩樋があり、乱れ刃紋の焼き刃が見えま す。刃こぼれやハギレは無いので研げば綺麗になると思います。 拵えがとてもよく、螺鈿散し梨地塗の高蒔絵拵えで、蒔絵師による「高蒔絵拵え」になります。 蒔絵師の在銘品で、「玉光斎(花押)」とあり昇龍斎玉光であり幕末から明治にかけて活躍された 名工であります。 巾着に梅の花が蒔絵され、下地は青貝梨地塗の極上の鞘です。 蒔絵師の「玉光斎」の作品は、印籠や櫛簪などの作品もあり非常に人気のある蒔絵師です。拵えの作品 は少なく、大変貴重になります。 是非、コレクションにいいと思います。 昇龍斎 光玉(しょうりゅうさい こうぎょく) 生没年未詳 流派: 羊遊斎派 略歴: 江戸後期から明治初年に江戸で活躍した印籠蒔絵師です。 通称が金次郎で、昇龍斎・一抱斎・光玉な どと号しました。 独身者で、晩年は東海居、明堂居士とも号しました。 特に原羊遊斎 の工房の職頭であったことと、起立工商会社の工人として、 現在までその名が伝えら れています。 苗字すらない一職工で、作品のほとんどは雇い主の名前として世にでました。 しかし幕末の蒔絵界に 多大な影響を与えた蒔絵師でした。 原羊遊斎 の工房に入って腕を上げ、職頭的存在になりました。 原羊遊斎没後も、直接教え込んだ岩崎 交玉 と2人で義理堅く工房に残り、 4歳の養子・原更山を支えました。 羊遊斎の工房が閉鎖された後は、幕府の蒔絵仕手頭・田邊源助宅に寄寓し、 幕府御小屋 での作業に従 事しています。 田邊家は幕府の工人ですが、3代源助の兄、田邊平治郎が原羊遊斎の門に入っていた関係で、 羊遊斎派 の蒔絵を特色としていました。 そのため、昇龍斎光玉は田邊家に迎え入れられたのでしょう。 この田 邉家において後進の育成にもあたったため、当時神田で育った蒔絵師で、 「光玉と重傑(梶山明細) の息のかからぬ者はない」とさえいわれ、 仕事は梶山明細(1825~1899)の先輩格でした。 江戸後期の蒔絵師を引導した名工であり、江戸蒔絵界の最高峰と言われます 質問は入札前にお願いいたします。わかる範囲でお答えいたします。 発送はゆうパックの着払いです。 ※注意事項※落札しましたら、登録のある教育委員会に所有者変更届(名義変更)を出してください。 よろしくお願いいたします。 |