幕末の浮世絵師・二代歌川国貞(1823~1880)による、慶応3年(1867)制作の木版浮世絵「御誕生 田舎源氏須磨の図」です。
江戸時代に大流行した『偐紫田舎源氏』の世界を題材に、御誕生を祝う華やかな屋敷内の情景を描いた大判錦絵三枚続きの揃いです。本作品は山田書店美術部の取扱記録にも同題で掲載されており、制作年代は慶応3年とされています。
二代歌川国貞は、初代歌川国貞(三代豊国)の門人で、のちに四代豊国を襲名した浮世絵師です。師の得意とした美人画や役者絵、源氏絵の伝統を受け継ぎ、幕末から明治初期にかけて活躍しました。本図にも、師系譲りの優美な女性描写と、豪華な衣装や室内調度を細やかに描き分ける技量が発揮されています。
本図の見どころは、御誕生を祝う女性たちのさまざまな仕草と、華やかな室内装飾です。中央には、青紫色の美しい打掛をまとった女性が、装飾を施した祝いの調度を手に立ち、その周囲には色鮮やかな着物姿の女性や幼い子供たちが集まっています。右側には御簾や几帳で仕切られた寝所が設けられ、褥に横たわる女性の姿も見られます。さらに手前では、浅い円形の器に張られた水に手を添える女性が描かれ、産湯や出産後の世話を思わせる情景となっています。
興味深いのは、こうした御誕生の情景が『田舎源氏』という江戸の人気文学の世界に結びつけられていることです。『偐紫田舎源氏』は、柳亭種彦が『源氏物語』を室町時代の武家社会に置き換えて翻案し、初代国貞が挿絵を担当した大ベストセラーでした。
主人公の足利光氏を中心に、恋愛や陰謀、華麗な御殿生活が繰り広げられる物語は江戸の読者を魅了しましたが、天保13年(1842)には幕府によって絶版処分を受けています。将軍家や大奥を連想させる内容だったためともいわれ、当時の出版統制を考えるうえでも興味深い作品です
本図が制作された慶応3年は、まさに大政奉還が行われた激動の年でした。幕府の終焉が近づくなかでも、こうした華やかな源氏絵が出版されていたことは、江戸の人々が引き続き王朝趣味や御殿生活への憧れを楽しんでいたことを物語っています。
画面には、松を飾った台、精緻な蒔絵風の調度、山水画の襖、色鮮やかな御簾、女性たちの複雑な衣装文様などが描かれ、幕末の人々が思い描いた豪華な御殿文化をうかがうことができます。
また、御誕生という題材そのものも注目に値します。女性たちが産婦を囲み、出産後の支度や祝いの準備を進める様子は、物語世界の一場面であると同時に、当時の出産儀礼や育児、女性たちの役割への関心を誘います。三枚続きならではの広がりある構図と、明るい緑色の床面に映える鮮烈な朱色、藍色、紫色の組み合わせが美しく、美人画としての魅力に加えて、幕末の風俗や生活文化を考えるうえでも興味深い作品です。
サイズ:各図おおむね縦37.2cm × 横25.2cm(若干の誤差はご容赦ください)。
“よみネコ”くんは、身長12cm。大きさの参考になさってください。 |