禁門の変/京都大騒乱を伝える手紙 京都・粟田口で見物 古文書[A26-1-894]

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(元治元年 1864年)7月24日付、禁門の変を伝える手紙。
筆者(姓名不明)は、京都粟田口で事件を見物しており、混乱を避けて近江大津へ脱出した。

【手紙の概要】
・7月19日に京都を脱出し、23日に帰宅しました。
・18日夜五つ時(夜8時)、長州が逆寄(逆襲)し、御所へ入り込りこみました。
・中川宮(久邇宮朝彦親王)と会津(松平容保)の両首領は、大砲10発ほどで反撃し、鯨聲(ときのこえ)をあげました。
・上京中が大砲乱発で、出火と合戦が一度におこって、大騒乱になりました。
・主上(孝明天皇)は祇園へ御退去された、ということです。
・京都中が19日五つ時(朝8時)に大合戦となり、長州は京都町屋敷を焼き払い、同じく伏見屋敷も同様に焼き払って、それは合図(あらかじめの取り決め)のように見えました。
・私は粟田(京都の粟田口)で見物していましたが、女を連れていたため、仕方なく近江大津へ脱出しました。
・これは稀代の大騒乱で、手紙では述べ難いです。お会いして、ご説明したいです。
※伝聞を含めて記しており、誤報も混じっている。

【解読文】
十九日京都出立、廿三日
帰宅、十八日夜八ツ時頃、
長州逆寄、御所江
入込、中川宮・会津
両首領、大砲十発
程、致鯨聲、上京中
大砲乱発、出火と軍と
一度ニ相成、大騒乱、
主上ハ祇園へ御立去之由、
京中十九日五ツ時大合戦、
同時長州京町屋敷
焼払、伏見同屋敷
同様、合図と相見へ申候、
於粟田ニ而見物致居
(以下、下段)
候得共、女召連居候間、
無拠大津へ出申候、
然者稀代之大動乱、
筆紙に難述候、御面訴
御咄申上度候、以上、
 七月廿四日
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