重さ3.7g幅3.9×11.3mmしっとりとした翡翠とクリアなエメラルドのグリーンが美しいハーモニーを奏でるゴールドジュエリー。胸元をエレガントに彩ります。日宝協の鑑別書付。新品同様。
【特別書下ろし短編小説】 翠雨(すいう)の特異点
150度の猛烈なスモークサウナから這い出し、肌を刺すような氷点下の水風呂へと身を沈める。細胞の底から湧き上がる強烈な温冷のショックだけが、脳髄にこびりつく「最適化されたAIのノイズ」を一時的に振り払ってくれた。
206X年。世界のすべては巨大な演算モデルによって予測され、CFDの市場価格も、人々の感情の推移も、AIが生成する完璧なセールスコピーの通りに動くようになっていた。
羽曳野市の地下深く、監視システムの網の目を潜り抜けた旧市街の一角に、彼の営む小さな宝飾店兼アジトがある。男は水風呂から上がり、ガウンを羽織ると、薄暗い作業台の上に置かれた一つのペンダントトップを見つめた。
——3.085ctの天然本翡翠。それに寄り添う0.56ctのエメラルドと0.16ctのダイヤモンドが、18金無垢の台座で静かに息づいている。
「美しいな。デジタルデータでは決して再現できない、不純物という名の個性だ」
「相変わらず、時代遅れの石ころに見入っているのね」
背後から声がした。振り返ると、かつてのビジネスパートナーであり、現在は統括AI開発機構のチーフエンジニアを務めるミナが立っていた。彼女の瞳には、常に市場のボラティリティと量子予測のデータがホログラムとして流れている。
「なぜ羽曳野まで来た? 君の愛する予測アルゴリズムによれば、俺と関わることはキャリアの期待値を下げるはずだが」
「アルゴリズムにバグが生じたのよ」ミナはハイヒールの音を響かせて作業台に近づき、翡翠のペンダントを細い指で持ち上げた。金の枠が微かに揺れ、深く澄んだ緑色が妖しく輝く。
「この翡翠の持ち主だった老資産家が、昨日亡くなったわ。彼は全財産を暗号化し、そのロックを解除する物理キーとして、この『アナログな石の揺らぎ』を指定した。スキャナーで読み取った翡翠の内部結晶の光の屈折率……それがパスワードなの。AIには絶対に予測不可能な、自然界の乱数よ」
男は小さく鼻で笑った。「なるほど。AIで完璧なトレーディングプログラムを組もうとしていた連中が、最後に行き着いたのは大地の奥深くで偶然作られた石ころへの信仰か」
「それを渡して。機構の総意よ。あなたには莫大なマージンを約束するわ」
ミナの冷たい声の奥に、かつて共に市場の波を乗りこなそうと熱気を帯びていた頃の、微かな焦燥が透けて見えた。人間関係も、愛情も、すべてをAIの最適解に委ねて効率化してきた彼女が、いま、手のひらの中の小さな翡翠に翻弄されている。
「断る、と言ったら?」
「あなたがこのアジトで、架空のオーナーを装いながら裏市場を動かしているデータをすべて当局に開示するわ。羽曳野の隠れ家も、今日で終わりよ」
男は深く息を吐き、水風呂の冷たさがまだ残る首筋を撫でた。
「好きにしろ。だが、その翡翠の内部結晶は、人間の体温で温められることで微かに屈折率を変える。18金無垢の重みを感じながら、肌に触れさせて生きてきた人間にしか、正しい乱数は出せない仕様になっているはずだ」
ミナの表情が初めて凍りついた。完璧な予測社会の中で、彼女の手の中にある3.085ctの緑の滴は、人間の体温という最も不確かなものを要求して、ただ静かに輝き続けていた。