希少本 一枚法語 大行院語録浄土真宗大谷派正行寺第十三世住職竹原嶺音師語録集法語法話集1223条書簡略伝年表書戦前仏教書年表東本願寺門徒

Thumbnail 1
Thumbnail 2
Thumbnail 3
Thumbnail 4
Thumbnail 5
Thumbnail 6
Thumbnail 7
Thumbnail 8
Thumbnail 9
Thumbnail 10

Осталось:

Текущая

19 800¥

(~$169)

Блиц-цена

19 800¥Войти
Рейтинг продавца
3592
Продавец
Start time
08 авг. 14:17 (Tokyo)
Окончание
09 авг. 13:17 (Tokyo)
Ставки
0
Количество
1
Налог
0%
Состояние
Мелкие царапины и загрязнения
Доставка по Японии
Нет бесплатной доставки
Номер лота
Автопродление торгов
Да
Область продажи

Войдите

чтобы делать ставки

Сколько это будет стоить?

Описание


【本】の出品です。■落札前に「もっと読む」から商品説明を必ず全文お読みください■画像の後に、商品説明がございます。

希少本『一枚法語 大行院語録』。明治末年より大正・昭和にかけての九州に住した一傑僧、浄土真宗大谷派正行寺第十三世住職、大行院竹原嶺音師の法語、法話、書簡、小伝、略年譜、建立譜を収録した仏教書。竹原嶺音著、春秋社発行、1976年・昭和51年2刷(1975年・昭和50年初版)約23.8×16.5×4.8cm、608ページ、函入、金箔押布張上製本、モノクロ口絵写真入り。巻頭口絵には、大行院竹原嶺音遺影、書「一枚法語」昭和18年、篤敬三宝額、浄土依正無為無漏軸、廟窟偈軸、書簡、航空写真と見取図を掲載。

目次は、序、 一枚法語 第一篇、昭和13年、昭和14年、昭和16年、昭和17年、昭和18年、昭和19年、昭和20年、一枚法語 第二篇、昭和19年、昭和20年、昭和21年、昭和22年、昭和23年、書簡、小伝、修学、雌伏、興隆、結界、大行院略年譜、建立譜、跋、編集後記。昭和戦前から戦後にかけて認められた一枚法語を中心に、念仏、他力信心、信心開発、法義、門信徒への指教、正行寺の歩みなどをまとめた語録集です。

編集後記によれば、本書は大行院竹原嶺音師、真宗大谷派正行寺第十三世住職の「一枚法語」と「書簡」を収め、小伝等を付した語録集。一枚法語は、大行院がその時々の現実問題に即応して、門信徒、求道者に指教した法語で、紙片一枚一枚に認めて渡されたことから「一枚法語」と称されます。本書収録分は、昭和13年から昭和23年までに執筆された総数3527条、4957枚の中から選ばれたもの。第一篇581条、第二篇633条、計1223条を収録。書簡は、明治45年から昭和17年にわたる32通を年代順に収録し、宛先は東本願寺連枝、正行寺寺族、門信徒など。巻末には小伝、略年譜、建立譜を付した、大変貴重な資料本。


希少本 一枚法語 大行院語録 浄土真宗大谷派正行寺第十三世住職 竹原嶺音師 法語 法話集 書簡 略伝 年表 戦前 仏教書 東本願寺 

竹原嶺音 著
春秋社 発行
1976年 昭和51年 2刷  1975年 昭和50年初版 
約23.8x16.5x4.8cm
608ページ
函入 金箔押布張上製本
モノクロ

※絶版


【目次】より
巻頭口絵写真(モノクロ)
大行院竹原嶺音遺影 昭和十四年
書…一枚法語 昭和十八年/篤敬三宝(額)/浄土依正無為無漏(軸)/廟窟偈(軸)/書簡 航空写真  
序 竹原篤音 
一枚法話 第一篇
 昭和十三年
 昭和十四年
 昭和十六年
 昭和十七年
 昭和十八年
 昭和十九年
 昭和二十年
一枚法話 第二篇
 昭和十九年
 昭和二十年
 昭和二十一年
 昭和二十二年
 昭和二十三年
書簡
小伝
 修学
 雌伏
 興隆
 結界
大行院略年譜
建立譜
跋 千鴻龍祥
跋 野中恵契
編集後記

【あとがき】より一部紹介
大行院竹原嶺音師は、明治末年より大正・昭和にかけての九州に住した一傑僧である。その三十二歳入信後は浄土真宗の他力信心に徹し、僻阪の一小坊に居ながら住職としての職務を十二分に遂行していた。のみならず、その感化は広く全国民庶に及んでいた。僧伽の統理としては自らを律するに厳なるのみならず、弟子門信徒の化導に当っては慈にして厳であった。寺の維持経営の為めでの葬式法事は一切断る。読経も信心開発の為めでなければ請われても応じない。そのくせ寺にあっては朝夕の勤行は極めて厳格で、弟子門信徒等に常に「お勤めを懇ろにすべし」(『一枚法語』第一篇三〇条)と厳命していた。「当寺は廃滅せる信心の復興を主とする念佛勤…」


【編集後記】より一部紹介
一、本書は、大行院竹原嶺音師(真宗大谷派正行寺第十三世住職)執筆の「一枚法語」と「書簡」とを収め、それに「小伝」等を附した語録集である。以下収録の諸文に就て、簡単に解説を加えることとする。
一、序について
 この一文は、大正十五年以来十年に亘った大行院の文書伝道(『小伝』参照)の締括りとして、師自身が昭和九年に書いたものである。これを以て「序」にかえることは、或は異例ともいえるだろう。しかし、仏法が活字になった時、それはもはや仏法ではないという道理を喝破し、師自身の著述については、「如来の捨身の行をたどったものなれば、我が人生を離れ、我が身体を捨て、読まねば分らぬ」として、暗に世人の常識眼を戒めている。大行院が公刊することを予想だにしなかったであろう本書の上梓に当り、大行院の心をそのまま「序」にかかげることこそ、師意に添い、遺恩に報いる道である。編集人はこのように考えて、この一文を収録した。
一、一枚法語について
 (1)「一枚法語」とは、大行院がその時々の現実問題に即応して、門信徒、求道者に指教した法語である。紙片一枚々々に認めて渡されたから、「一枚法語」という。その言々句々は、師が日夜に仏に遇い、法に入り、僧を行じた魂の軌跡というべきものであろうか。
 一枚法語について、大行院は自らこう記している。
 「一枚書(一枚法語)の事、何気なく、さらさらと、ただ読んでも、中々分るものでない。……文をあみて、書いた位の時間は、読む人にも、決定準備、大事なり。」(昭和十八年一枚法語)
 「実行成就のすがた披露が一枚書なり。今が建立中の者は、頂き読むべき福徳なし。」(昭和二十二年一枚法語)
 つまり、一枚法語は、世間ごころで斜め読みしても、決してわかるものではないことを厳に戒め、念仏修行の具体的な成果の発表がこれだとしている。一枚法語の執筆に至るまでには、それだけの実が成就しているからで、実事なしに披露はできぬというのが大行院の信念であった。仏法修行に志していない者は論外であるが、未だ修行中の者も、読む資格がないとは、まことに痛烈な言葉である。
 この一枚法語は、求道者に直接手渡されたわけではなく、ある取次人が定められ、その取次人に、師は無言のまま授けた。それを求道者の信心談合の場、法義所に恭しく携行し、一同に披露がある。こうした形で、大行院の内証たる曼茶羅華はあめふらされたのである。
 大きく宗教界や教団の問題を論じているかと思えば、実は正行寺の足下の現実であったり、広く世相を観照しているかと思えば、一家庭・一個人の迷妄に対する直指と変っている。大行院にとっては、世間と我とは対立概念ではなく、全く一つのものであった。そうした徹底した後の自覚から、後法一体の南無阿弥陀仏の信火を、命のあらん限り燃やし続けたのである。
 経典聖教がその時代々々にさきがけて、よく万民を導く如く、一枚法語もまた、人心を鋭く貫いて、衆生の無明を転じ菩提心を開発し、今に親、子、孫三代に亘る、信心建立の家族を産み出し続けている。
(2)一枚法語は、内容が深遠であって、示教する所も極めて多岐にわたり、条数も亦厖大である。従ってその選択に当っては、次の諸点に留意した。比較的読み易く、面も宗教には縁が薄い一般読書人にも理解できるものを選んだ。特に寺院の存在意義、寺と門信徒の関係、或は時局相応の箴言・警句の類、或は真宗・他宗のへだてなく、一切の宗教を包みこんだ大行院独自の学道用心、仏法興隆に挺身する僧団の規律など、あるべき教団の原点を表顕するものを中心に収録した。
(3)一枚法語が、第一篇・第二篇と分けられているが、それは認められた紙の形態と、渡された相手によって、自ら区別がされるので、便宜上、二篇に分類したまでである。
 第一篇は、西洋紙大の紙にかかれており、その内容は大いに普遍性をもっている。これらは主として、正行寺に参詣する求道者一般に出されたもの、又第二篇は、西洋紙四切の紙に記され、主として求道者の各個人々々に対し、信心に徹底すべきを期して与えられたものである。第一篇のものに比べれば、より具体的な示唆に富んでいる。
 普遍的な法理と具体的な実理と、法実相まって、仏に参入した体験の発露が、一枚法語であるといえよう。
(4)ここに上梓した一枚法語は、大行院が昭和十三年から昭和二十三年の間に執筆した総数三五二七条(四九五七枚)の中から抜落し、第一篇として五八一条、第二篇として六三三条、計一二二三条を収録したものである。なお一枚法語の原文には、概ね各条毎に日付があるが、同日に執筆せられたものを二条以上連ねた場合、最後に一括してその日付を記した。

一、書簡について
 本書には、明治四十五年から昭和十七年に亘る書簡三十二通が、年代順(大谷瑩潤連枝宛は冒頭)におさめられている。宛先も、東本願寺連枝より、正行寺寺族及門信徒に至るまで、さまざまであるが、簡潔で明快なもの、長文を以て信仰の条理を尽したもの、いずれもいずれも、上下左右のあらゆる立場に即応して、争わず犯されず、常に不変の真実を説き、虚妄を破しつつ、仏恩師恩の喜びを述べている。行住坐臥、一言一句が聖人一流の信心に始まり、一師相伝の行証に終っている。如来の教法を我も信じ、人に取次ぐのみが、大行院の生命であったからである。
一、小伝・略年譜・建立譜について
 読者は、時に「一枚法語」や「書簡」の出された背景を知りたく思うであろう。そうした読者の要求に応える意図のもとに「小伝」をまとめ、略年譜・建立譜を付した。なお「小伝」は、修学・雌伏の両時代と興隆時代の前期を竹原智明、興隆時代後期を妹尾恵修、結界時代を上之薗音朗が執筆した。文中、大行院の年齢は暦年齢を用いている。
一、心読・体読への誘いとして、難解な語には註をつけた。難解とは云っても、その程度が読者によって異なるのは当然である。一枚法語においては、各条々々の次に入れて、読解の便をはかった。書簡の付註もこれに準じている。
 なお作註に当っては、主として望月信亨著『佛教大辞典』、中村元著『佛教語大辞典』等を参照したことを、お断りしておきたい。
一、訓点及仮名づかいは、殆ど原文のままを残した。又、内容から云って相互に連関して一つとみられる一枚法語も、それぞれ「一、」で区切ってあるので、そのままにしている。更に、「一枚法語」の本文中に、時として現代人の用語体系からはみでている当て字や新造語が多い。たとえば普通「無精」と書くところを「無性」とかいている。これは怠惰という意味の「無精」と無仏性の「無性」とを掛けているものと思われる。こうした大行院の用語は、非常に含蓄が深いので、敢えてそのままに残した。一字一句加減して読むことを許さず、又、「佛典の単なる理解は信仰にあらず、唯一語に直入徹底すれば、それが獲信の第一歩である」とした大行院の厳しい訓戒を尊むゆえである。
 なお、ふり仮名に就ては、片仮名と平仮名の二種を用いているが、前者は大行院自身のもの、後者は編集同人の責任において、付けたものである。
一、本書の刊行に当って、九大名誉教授干潟龍祥先生には、一字一句厳密な原稿校正の労を賜わり、又、イースタン・ブディスト協会事務局長の伊東慧明師に、編集全般にわたって適切な助言と指導――就中、作註に当っては、それこそ不眠不休の御協力を煩わした。殊に、「ただ一たびの廻心こそ、教団形成の原理である」という慧明師の絶対の証誠が、大行院二十五回忌を記念した本書出版への重大な一機縁となった。更に、春秋社会長・神田龍一氏の本書に対する「一期一会」の情熱と、同社編集部葛生、竹内、中村等の諸氏のなみなみならぬ尽力とによって、驚くべき短時日の中に、上梓の運びとなった。ここに併せ記して、甚深の謝意を表する次第である。竹原智明


【序文】より この一文は、大行院が昭和九年夏、最後の冊子『三位一体』を公刊するに際し、認めたものである。―編者
始めて拙著を読んで頂く御方へ御注意申します。
 中外日報や文化時報、世間の新聞などにて紹介して頂いたとて、とても如来広大の真実信心なるものが、徹到するものでないと思うて、今迄出したことはありませぬ。然るに今回は、ふとした因縁で、不思議にもたのむことになりました。実は新聞や雑誌など、世の中のものでは、後生の一大事に往来することは、出来ぬものであります。如来様にても世間に出らるれば、世間の人は、世間限より持たぬ故、世間の主義や主張と同様に、見誤られるからである。佛法が新聞や雑誌に出たら、もう佛法ではない道理。それを敢へてしたのであるから、特に、ことわり書きを添へて異つたものなることを明らかにします。
 私が書かせて頂いた小冊子、たとひ一枚ずりにても、一生の仕事はこれ計りと思ひ、ある丈の至心と、真実を尽して、所謂命懸けに、書かせて頂いて居るのであります。
 蓮師は、唯称へては助からざるなり、六字の謂はれを、よく心得別けたるを、信心をとるとは云ふなりと、仰せられる。六字を実行せられたのが阿弥陀様である。阿弥陀如来の成道の因果を、心得別けたのが行者の信で、この真実信心には、必具名号で、如来の大行たる称名念佛が、自然にそうて居て下される。其の念佛の外形的相が、御話や書いたものと云ふになつて居るのであるから、ここに特に注意を頂きたいのは、専修専念とか、至心信楽とか云ふ、脇き目を見ず、所謂誠実を尽して、餘へ心を散らさず、一向一心に読んで頂かねばならぬ。
 今一度申せば、この心に我が人生を離れ、我が身体を捨てて、唯其の文字をたどり、其義に乗りて、義の指し示す処へ、この一心が行かねばならぬ。又進んで申せば、如来の捨身の行をたどつたものなれば、命を捨て、読まねば、分らぬのである。
 かくて、これが読めれば、御文様や御和讃様は自然に分る様になる。これらは人間の相にて、嘗て御出世下された、如来様たる御開山や蓮如様に、昭和の今の時代から、参らせて貰ひ、御目にかかる道中書であります。
 四百年、六百年前の佛に会ふのであるから、容易の行でない。この三千を一念に飛び越えねばならぬ難事であります。かへすがへす至心を以て、繰り返し繰り返し読めば必ず分ります。
 私は既に還暦になります。若い時より広く耳を立て、、諸方の念佛修行の有様を見て居りますが、何処の有様とも異つて居ることであります。信仰に依って人生の諸有る問題が解決されて、而も目出度き実を結びつつある光景に接したことは、誠にまれであります。殆どみませぬ。そこで思へば、私こそ、この世ながら今現在に、超世の大願に遇はせて頂かねばならぬ、極悪深重のものであつたと信知し、唯念佛のみであります。
昭和九年七月八日正午 炎天潤渇の日に 竹原嶺音


★状態★
1976年のとても古い本です。
函の外観は通常保管による経年並ヤケしみ、スレ程度、特に背の周縁部にしみが目立ちます。
布張上製本の外観は経年並良好、天小口に経年並ヤケ小しみ、冒頭の薄紙に小裂などがありますが、
本文には目立った書込み・線引無し、問題なくお読みいただけると思います。(見落としはご容赦ください)

<絶版・入手困難本>オークションにも滅多に出ない、貴重な一冊です。
古本・中古品にご理解のある方、この機会にぜひよろしくお願いいたします。

★入札前に必ずお読みください★
■落札後は、迅速なお受取連絡にご協力をお願いいたします。
■中古品につき、経年に伴う変化や保管時のスレ等がある場合がございます。
■掲載写真はできる限り実物に近い色味を再現しておりますが、モニター環境により多少異なる場合がございます。
■絶版・希少本や限定品、出版社で入手困難品は、市場相場に基づいた価格設定を行っております。
■お支払いは「かんたん決済」に対応。決済画面の控えを領収書としてご利用いただけます。
■発送・取引ナビ応答は平日に行います。特別な発送スケジュールがある場合は、自己紹介欄にて事前にご案内しています。
■商品やお取引に関して気になる点がございましたら、評価入力前に取引ナビよりご一報ください。
誠実に対応いたしますので、ご安心いただけますと幸いです。
■上記の点をご了承いただいた方のみ、ご入札くださいますようお願いいたします。

★商品の状態について★
Yahoo!オークションが定める基準をもとに、出品者の主観により判断しています。
以下は公式ページより選択の目安より転載します。

新品、未使用…未開封の新品、または購入から時間がたっていない一度も使用していない商品
未使用に近い…中古ではあるが数回しか使用しておらず、傷や汚れがない
目立った傷や汚れなし…中古品。よく見ないとわからないレベルの傷や汚れがある
やや傷や汚れあり…中古とわかるレベルの傷や汚れがある
傷や汚れあり…中古品。ひとめでわかるレベルの大きな傷や汚れがある
全体的に状態が悪い…中古品。大きな傷や汚れや、使用に支障が出るレベルで不具合がある。


他にも出品しています。自己紹介欄よりぜひご覧ください。
Loading...