1935年から36年にかけてドイツのキールにある造船所で建造されました、主にヨーロッパ戦線の第二次大戦で活躍し1940年のキールにて連合軍の空襲をうけ大破、しかし船体としては健在であったため、第二次大戦が終わるとイギリス軍に接収さらに米軍に引き渡され、日本の長門も参加した原爆実験に使用されますがそれでも沈まず、原爆の除染もありロシアのクェゼリンに運ばれますがやはり原爆実験のダメージをうけたせいで転覆、そこで放置されることとなり2018年にドイツの博物館に飾るためにスクリューが持ち去られたほかは現在もそのままです。
(2026年 10月 2日 12時 43分 追加)



