希少本『藤井日達上人 平和への歩み 写真集 撃鼓宣令』日本山妙法寺監修、1985年初版。函入、金箔押し、布張り上製本。約31×22×2cm、約120ページ。日本語・英語併記本。
巻頭カラー口絵には、戦前より宗教の力で国家の枠組みを超えた平和主義を実践した藤井日達上人の合掌肖像写真、御本尊御曼荼羅・曼荼羅本尊(昭和33年筆)を掲載。本文はモノクロ写真、藤井日達上人の書、日達上人のことば、講演、あとがき、年譜を収録した写真集。遺影・遺墨を通して藤井日達上人の生涯と遺徳を伝えるため編纂されたもの。
書は「曼荼羅本尊」「但行礼拝」「撃鼓宣令 四方求法」「諫暁八幡鈔」「西天開教」「孝養」「広供養舎利」などを掲載。写真では、仏足山道場、M.ガンディー翁との写真、玄題旗を掲げての撃鼓宣令、修学行脚に背負われた笈、皇居二重橋前、大連道場、東京報知新聞社前の寒修行、中国、西天開教より帰国した東京駅、仏舎利奉戴 近衛文麿首相・板垣征四郎陸軍大臣・山本五十六海軍次官への仏舎利授与、長崎の爆心地、花岡山仏舎利塔、世界宗教者平和会議、砂川基地問題、第四回世界平和会議、ニューデリー核兵器禁止国際会議、第七回原水爆禁止世界大会、広島平和行進、長崎平和行進、折り鶴平和行進、ボンベイ御草庵、カルカッタ御草庵、王舎城、ルンビニー、仏足山宝塔、ネルー首相、プラサド・インド大統領、インディラ・ガンジー首相、デサイ首相、ジャヤワルダナ大統領、ネルー国際理解賞受賞、諸国巡錫、中国・ソ連・ネパール・バングラデシュ・ベニス・ドイツ・ロンドン、身延山奥の院、池上本門寺、清澄道場、ホワイトハウス前、ザ・ロンゲスト・ウォーク、ニューヨーク100万人大集会、ミルトンケインズ宝塔定礎式、立正大学での説法、百寿誕生会など、藤井日達上人の戦前旧満州からの足跡をたどる古写真を多数収録。当時の最高権力者たち(近衛首相、板垣陸相、山本海軍次官)に対し、一人の僧侶が仏舎利を奉じて、戦争の終息を進言する場面を納めた古写真などは、単なる宗教的儀礼を超えた歴史上の一コマの記録。
講演その他「日達上人のことば」には、「我が一代」昭和59年10月21日立正大学における講演より、「大陸の戦火を消さんと…」「兵は不祥の器なり」「諫暁八幡鈔」「抜苦与楽 世界宗教者平和会議の獅子吼」「三光天子」などを掲載。山主上人の厳令によって市販の刊行物の発行は禁じられていたため、上人遷化後に出版された本書は大変貴重な資料本です。
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Most Venerable Gyoshoin Nichidatsu Fujii - Peace Mission Photo Book "Gekko Senrei"Dharmaduta (Nipponzan Myohoji)
撃鼓宣令編纂委員会
日本山妙法寺 監修
1985年初版
約31x22x2cm
約120ページ
巻頭口絵写真カラー2ページ 本文モノクロ
函入 金箔押し 布張り上製本
日本語 英語 併記本
※絶版
巻頭カラー 藤井日達上人の肖像写真(合掌)・御本尊御曼荼羅 曼荼羅本尊 昭和33年筆掲載
モノクロ写真集、ほかにも日達上人の書、日達上人の言葉などが多数掲載されています。
【収録内容】
書
写真
講演その他 日達上人のことば
あとがき
藤井日達上人年譜
●書 一部紹介
但行礼拝
撃鼓宣令 四方求法
諫暁八幡鈔
春立たば花岡山に帰らまし
昭和31年太蔵丙申元旦 御染筆
西天開教
孝養
消息 ハガキ
広供養舎利
●写真 一部紹介
仏足山道場にて
第二次国連軍縮総会にあたり、国連本部前で終始ご祈念 1982年6月
M.ガンディー翁と 1933年10月 ワルダにて
玄題旗を掲げて撃鼓宣令
衆生教化の第一歩 撃鼓宣令の自戯画
修学行脚に背負われた笈
皇居二重橋前にて
大連道場開堂供養 上棟式
東京報知新聞社前の寒修行
中国にて
西天開教より帰国 東京駅にて 1938年3月
仏舎利を奉じて
近衛文麿首相に仏舎利を授与 日中戦争の終息を進言
板垣征四郎陸軍大臣に授与
山本五十六海軍次官に授与
長崎の爆心地にて
花岡山仏舎利塔
落慶法要 地鎮祭供養
世界宗教者平和会議
砂川の基地拡張問題について語られる ほか
第四回世界平和会議に出席 コロンボ
中国代表団 周恩来氏などとともに
ニューデリー核兵器禁止国際会議に出席 1966年
第七回原水爆禁止世界大会 広島平和公園 平和行進の先頭に
タイムズスクエアにて ベトナム戦争の終結を祈念 1968年
沖縄の日本復帰誓願、軍事基地撤廃を訴える 1970年
被爆30周年原水爆禁止世界大会に参加 長崎
ワルトハイム国連事務総長に会見、核兵器完全禁止廃絶を要請
1977年原水爆禁止世界大会にて この年原水禁運動の統一に尽力
広島平和行進 1977年8月6日
ノエル・ベーカー卿と雨中の平和行進 長崎 1981年8月
折り鶴平和行進の先頭に立つ 1982年
ボンベイ御草庵 1932年開堂
カルカッタ御草庵 1935年開堂
王舎城にて ルンビニーにて ルンビニー仏舎利塔地鎮祭1973年2月
完成間近の仏足山宝塔の前にて
勤行 仏足山道場 御法話 仏足山宝塔を讃仰されるジャヤワルダナ大統領と
ネルー首相と 1962年
プラサド・インド大統領と
王舎城仏舎利塔落慶法要にてV.V.ギリ元大統領と 1969年10月
インディラ・ガンジー首相と 1969年
デサイ首相と
王舎城多宝山仏舎利塔定礎式 1965年
ジャッティ副大統領と会見
ジャワルダナ・スリランカ大統領と
ネルー国際理解賞を受賞 ニューデリー 1979年
諸国巡錫
中国巡錫 ソ連巡錫 レニングラードにて ウランウーデにて ネパールで89歳の御誕生会1973年 バングラデシュにて ベニスにて ドイツ巡錫ベルリン 東ドイツ平和賞授賞式 ドナウ河畔にて ロンドンの空港にて
身延山奥の院御墓前(行阿院日蘇大法尼)にて
池上本門寺にて辻説法
清澄道場にて
ミルトン・ケインズ道場書斎にて
ホワイトハウス前で、インドシナ戦争集結・世界平和を祈念 1974年
ザ・ロンゲスト・ウォーク
軍縮と社会正義のための米大陸横断平和行進
ニューヨーク100万人大集会 1982年
ミルトンケインズ宝塔定礎式
勤行 ミルトンケインズ道場にて
立正大学にて 三大秘法正義を説法される日達上人 1984年
百寿誕生会 1984年
●講演その他 日達上人のことば 一部紹介
「我が一代」昭和59年10月21日 立正大学における講演より
大陸の戦火を消さんと… Effort to subdue warfare on Chinese continent 兵は不祥の器なり より
諫暁八幡鈔
抜苦与楽 世界宗教者平和会議の獅子吼 1961年7月25日 Removal of Sufferings and Provision of Happiness
昭和31年秋 東京都立川市砂川町にて
三光天子
【藤井日達】(ふじい にったつ/にちだつ、1885年(明治18年)8月6日 - 1985年(昭和60年)1月9日
熊本県阿蘇(現・阿蘇市一の宮町)出身の僧侶。
略歴
大分県の臼杵農学校に学び、1903年(明治36年)に臼杵の日蓮宗法音寺にて出家。1912年(大正元年)日蓮宗大学(現在の立正大学)入学。さらに浄土宗大学院、真言宗学林、法隆寺勤学院、真言宗連合大学、臨済宗建仁寺僧堂にて学ぶ。
1918年(大正7年)10月、旧満州の遼陽に最初の日本山妙法寺を建立、日本国内では1924年(大正13年)に最初の日本山妙法寺を、静岡県富士市の田子の浦に建立する。1930年(昭和5年)にインドに渡り、1933年(昭和8年)ガーンディーと出会い、非暴力主義に共鳴。
第二次世界大戦後は、不殺生、非武装、核廃絶を唱えて平和運動を展開。1954年(昭和29年)、ネルー首相より贈られた仏舎利を納めた仏舎利塔を、熊本駅裏の花岡山山頂に建設。1957年(昭和32年)にネルー首相と会見。また「世界宗教者平和会議」や「世界平和会議」の開催にも尽力した。
【あとがき】より
日本山妙法寺御山主藤井日達上人が、臨滅時にいたるまで、片時もその日を想わぬことのなかったロンドン仏舎利塔の落慶法要も、5月14日無事に厳修され、同月28日一山をあげての日本武道館におけるご本葬の儀をむかえることになった。
藤井日達上人は1985年1月9日、日本山妙法寺熱海道場において、百歳のご生涯を閉じ、ご遷化あそばされた。以後5ヶ月、一山一門のお弟子・檀越の方々は、悲嘆に耐えつつも、遺命の諸仏事を勤め、ご本葬へむけての階梯を一歩一歩踏みしめられてきたのである。
藤井日達上人のご生涯の足跡は、文字通り世界僻辺の地にまでおよぶものであり、四海を越えて仏法を直伝なされたのである。その上人のご本葬の法会に臨んで、本書編纂委員会に集うた者は、上人のご生涯にわたる巨歩の一端を、遺影・遺墨を通して広く人々に伝え得るならば、ご遺徳を偲ぶよすがとなるのみならず、仏道の未来、人類の希望を身をもって拓かれた藤井日達上人への報恩ともなるのではないか、と思案したのである。
日本山妙法寺直門の上人方や直檀の方々は、山主上人ご存命のうちから、お写真・墨跡を写しとった書籍に接する機会もあったが、山主上人の厳令によって販価を表示した出版は固く止められていたため、広く人々の接し得る刊行物を得ることができなかった。山主上人ご遷化の後には、出版もやむなきとのお言葉もあり、日本山妙法寺今井行順上人はじめご一門の上人、および山主上人の命によって資料の収集と格護の任に当られてこられた、紀ノ国屋専務増井進氏のご協力を得、さらには、山主上人の直命で『一天四海皆帰妙法』の編集にあたられた日印サルボダヤ交友会の岡本光司氏のご教示を得て、本書編纂の実務が進められる運びとなったのである。
編纂にあたっては、山内既刊の刊行書籍をふまえつつ、久遠の平和を願われた藤井日達上人のご足跡をたどり、あわせて情愛にあふれたお人柄と、厳粛・捨身の宗教的人格を写しとりたいと念願した。写真解説は最小限にとどめ、折にふれてのご法話の一節をもって、仏業の意義を伝えんとしたものである。
藤井日達上人と日本山妙法寺の事績が示している仏教史上の意義と、世界史的意味は、いまだ正しく認識されておるとはいえず、また偉業にふさわしい形で伝えられているともいいがたいのである。本書の刊行は、藤井日達上人ご本葬に際して、その事績敬賛の微意を表したにすぎず、藤井日達上人のご説法、ご法話、論文等の全容を後世に伝うべき任務、未完の自伝の完成、聴聞・随行の記録の編纂など、のこされた者の為すべき責任と課題は甚だ重いというべきであろう。
それにもまして、「日本山妙法寺」なる仏道精神が、山主上人ご在世同然に、その真生命を伝えつづけるご修行こそ、上人の絶対なる遺命であるにちがいない。
ここに藤井日達上人の遺徳宣揚の一端を担い得た仏縁を感謝し、擱筆する。
南無妙法蓮華経 1985年5月25日「撃鼓宣令」編纂委員会を代表して 合掌 丸山照雄
【本文より】一部紹介
非暴力は人間に委ねられた最大の力である。それは人間の創意により考案された破壊のためのもっとも強力な武器をも凌ぐものである。
マハートマ・ガンディー
文明とは電灯のつくことでもない。
飛行機のあることでもない。
原子爆弾を製造することでもない。
文明とは人を殺さぬことであり、物を壊さぬことであり、戦争をしないことであり、相互に敬うことである。
藤井日達
Non-violence is the biggest strength bestowed on mankind. It surpasses the most powerful of weapons devised by man's creativeness for the purpose of destruction.
Mahatma Gandhi
Civilization is not electric lighting lamps, nor airplanes. It is not producing atomic bombs. Civilization is not to kill man, not to destruct things, not to make wars, but to respect each other.
Nichidatsu Fuji