千子村正一門らしいたなご腹の寸延脇差 無銘伊勢国千子派 古研身状態良好 白鞘入り 妙法村正 太刀短刀刀剣骨董美術品

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25 000¥

(~$220)
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365
Продавец
Start time
13 сент. 10:20 (Tokyo)
Окончание
20 сент. 12:01 (Tokyo)
Ставки
20
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1
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Да
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刃長33.6㎝ 反り0.4㎝
元幅2.9㎝ 元重0.51㎝

平造り、重ねやや薄め、浅く反りつく。
刃文匂い口締まり、表裏揃う互の目乱れを湾れで繋ぐ。地肌肌目流れて柾がかる緩み無し。
古研身、僅かに小疵小錆あり(画像参照)
うぶ茎無銘未審査。
白鞘入り乾燥に伴いやや鯉口硬め、鑑定鞘書あり「伊勢国千子派 時代永禄頃」
銀無垢ハバキガタ付き緩み無し

無銘ながら鞘書に伊勢国千子派と極められている。伊勢国千子派は村正を筆頭にした室町時代末期、所謂戦国時代の伊勢国桑名の刀工群。村正はで世に言う“妖刀村正”で名高い。その由来は、家康の祖父松平清康と父広忠は村正の刀で暗殺され、長男の信康は切腹させられる際に村正の刀で介錯され、家康自身も村正の槍で負傷したという処から徳川家にとっては、不吉な刀として忌み嫌われたと伝えられている。その為、家康に配慮した武将たちは挙って村正やその一門の刀の銘を削ったり改竄したりしたという。
本刀もその一刀であろうか、刃文表裏揃う湾れ調の乱れ刃、たなご腹茎で千子村正一門の周辺の作であろう事は容易に想像させる典型作となっている。

(2026年 9月 13日 19時 26分 追加)
登録証の写りが悪かったので上段10枚目に画像追加しました
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