紀州藩主徳川治宝遺愛品『了戒』特別保存刀剣鑑定書 御三家に伝わった古名刀 鎌倉時代後期 来国俊の子と伝わる巨匠 古鞘書紀州家印章あり了戒は鎌倉時代後期に活躍した山城の刀工で、来派の代表工である来国俊の
子あるいは弟子と伝えられています。国俊から了戒の活躍年代を比較すると
無理なく成立するので現在では弟子というよりも親子説が有力となっています。
通称は五郎で16歳で出家して法号を了戒と称したといい僧鍛冶として作刀しています。
来派の伝統である山城伝をよく修めており、直刃で気品と静謐さを兼ね備えた
作風を得意とした来派の名工です。
この刀は鎬造、庵棟、身幅細身、重ね尋常、反り頃合いにつき、切先は小切先と
なり、山城来派の上品な刀姿を示していると思います。鍛えは板目肌に
杢目肌が少し交じり、地沸がついて、映りが立って、来派らしい鍛えと
なっていると思います。刃文は直刃に浅いのたれごころを帯びて、小乱れ
交じり、小沸がついて、小足入って、金筋や砂流しがかかり、直刃の
中にも複雑な変化を見せています。帽子は直ぐに入って掃きかけて焼詰め
ごころとなっています。茎は折返銘となっています。現在は銘不明となって
いますが江戸時代後期頃は銘が判読出来ていたと思われます。画像では
わずかながら了戒と見えるような状態ですが登録証に準じて不明とさせて頂きます。
御三家の一つ紀州徳川家十代目藩主であった徳川治宝(はるとみ)の遺愛品です。
江戸時代後期の寛政元年(1789)に藩主になると隠居後も実権を握り嘉永五年
(1853)に死去するまで60年以上君臨しました。学問好きで知られ藩校の設立しています。
文化面でも多趣味で数寄の殿様として紀州藩の文化を開花させています。官位は従一位に
まで叙せられていますが、これは御三家の当主ではただ一人の例となっています。
治宝の遺物という紀州家の記録係と思わる鞘書があり、南紀徳川家とある印章が
貼られています。この印章は紀州徳川家に収蔵されていた美術品に貼られていたもの
になります。ハバキは高価な金着せ太刀ハバキとなっています。鑑定書は特別保存刀
剣鑑定書が付属しています。紀州徳川家に伝来した了戒の傑作名刀であると思います。
長さ/66.4cm 反り/1.4cm
元幅/2.38mm 元重/5.2mm 先幅/12.6mm 先重/3.0mm 刀身のみの重量430g
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