西南戦争時 警視隊 警部補 西原イ太郎 内務省 辞令3枚 古文書 写真 旧鳥取藩士 本圀寺事件 熊本県 御船の戦い 鳥取県 抜刀隊 警察 古写真

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【商品の説明】
・内務省の辞令が3枚と、内務省からの弔慰料下賜の文書1枚、写真1枚、親族による経緯を記した文書1枚です。
・明治10年(1877年)1月29日から始まった西南戦争中に、旧鳥取藩士で、当時陸軍軍曹であった西原イ太郎(「イ」は「題」の「頁」が「偉」のつくり)が4月6日に警視庁の警部補に兼任され4月20日の御船の戦いで重傷を負い、11月2日に二等警部補、11月26日に一等警部補に任ぜられるも、翌明治11年の2月20日に東京の自宅で自刃したことにより、明治13年12月に従軍中の死亡として内務省より弔慰料が下賜された関係の書類です。元々軍曹であったことから、4月6日に警部補に任ぜられる前から西南戦争に従軍していたのかもしれません。
・西原は、元は竹腰次郎といい、幕末に鳥取藩内の尊王攘夷派が親幕府派藩の上層部を暗殺した本圀寺事件の前の暗殺計画にかかわっていたようです。
・西原の本籍が「島根県」とあるのは、鳥取県が明治9年(1876年)8月21日に島根県に併合されていたためで、明治14年(1881年)9月12日に鳥取県が再置される間の文書のためです。その間、旧鳥取藩士の浅井寿篤も関わった明治11年5月14日の大久保利通暗殺事件がありました。(浅井も西南戦争中に警視隊に属して従軍しています)なお、「平民」とあるのは士族であった「竹腰家」から別の「西原家」の戸籍にいたためです。偶然だと思いますが西原の墓は、青山霊園の大久保利通の墓の近くにあります。西原は西南戦争の戦没者であるため、靖國神社、鳥取縣護國神社に合祀されています。

100年以上前の品ですので、経年の傷みや汚れがあります。写真は中央に横一線の折れ目があります。神経質な方はご理解の上ご入札お願い致します。

以上のことをご理解いただき、ご返品は受け付けられませんのでご了承ください。
レターパックを使用して送ります。 
不明点はご質問ください。

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※悪い評価の多い方は、入札をご遠慮いただくことがありますので、ご了承ください。



(2026年 9月 30日 20時 21分 追加)
名前の読み方を「イ太郎」としていますが、読み方が違っているかもしれません。ご了承ください。
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