ポール・セザンヌ オフセット「サント=ヴィクトワール山」画 61×49.5cm 晩年期重要モチーフ 筆触を重ね色の調子を整え山や樹木を描く 7404

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Product Details


★ポール・セザンヌ オフセット「サント=ヴィクトワール山」★

商品詳細


■作家・作品詳細


ポール・セザンヌ(Paul Czanne)
 1839年1月19日~1906年10月23日
 フランスの画家。

 当初はクロード・モネやピエール=オーギュスト・ルノワール
 らとともに印象派のグループの一員として活動していたが、
 1880年代からグループを離れ、伝統的な絵画の約束事にとらわれない
 独自の絵画様式を探求した。
 ポスト印象派の画家として紹介されることが多く、キュビスムをはじめ
 とする20世紀の美術に多大な影響を与えたことから、しばしば
「近代絵画の父」として言及される。

略歴
 1839年 1月19日、南フランス、エクサン・プロバンスに
     裕福な帽子商の長男として生まれる。
 1852年 生地エクスの中学校に入学。ここでゾラと知り合う。
 1858年 11月、大学入学資格を得て、エクスの法科大学に入学。
     のち中退。
 1861年 4~9月、画家となるために、初めてパリに出る。
     アカデミー・スイスに通う。ここでピサロ、ギヨーマンと知り合う。
     その後パリとエクスに交互に暮らす。
 1869年 殆どパリで過ごし、後に妻となるオルタンス・フィスケを知る。
    『黒大理石の置時計のある静物』(~1870年)
 1872年 1月4日、息子ポール誕生。
 1873年 オベール・シュル・オワーズでピサロらと制作。
     印象主義を教えられる。
    『首つりの家』制作。
 1874年 第1回印象派展に出品。
 1875年 『ショケ像』制作。
 1876年 『エスタックの海』制作。
     しだいに印象主義的傾向を深める。
 1877年 第3回印象派展に出品したが悪評を受け、以後同展には不参加
 1882年 2月、サロンに初入選。
 1883年以後、主としてエスタックで制作。
    『青い花瓶』(~1887年)
 1885年 8月、エクスとガルタンスに住む。
    『松の木のあるサント・ビクトワール山』の連作始まる。
 1886年 4月、ゾラの小説『制作』が発表されゾラとの友情が終わる。
     オルタンスと正式に結婚。
     10月、父が死去、莫大な遺産を残す。
 1890年『赤いチョッキの少年』(~1895年)
 1891年『トランプをする人びと』連作に着手。
 1895年 11~12月、ボラールにより初の個展開催。好評を得る。
 1898年『大水浴図』(~1905年)
 1899年 アンデパンダン展に初めて出品し、名声が急速に高まる。
 1905年 サロン・ドートンヌに『大水浴図』ほか10点を出品。論議を呼ぶ。
 1906年 10月15日、戸外で制作中、雷雨にあい、肺炎にかかる。
     10月22日、逝去。



★作品タイトル「サント=ヴィクトワール山」

 La montagne S. Victoire~
 サント=ヴィクトワール山

原画
 制作:1900年頃
 技法:油彩、カンヴァス
 収蔵:エルミタージュ美術館、サンクト・ペテルブルク、ロシア


 セザンヌの故郷エクス=アン=プロヴァンスにある
 セント・ヴィクトワール山。
 セザンヌはこのヴィクトワール山を主題に描くことに取り憑かれ、
 油絵で44点、水彩画で43点もの作品を描き残しています。

 1880年頃からセザンヌはパリを去り故郷のエクス=アン=
 プロヴァンスに戻り、この地で生活するようになる。
 セント・ヴィクトワール山はエクス=アン=プロヴァンスの
 シンボル的存在。
 自宅から見えるヴィクトワール山をくる日もくる日も描きました。
 1880年代後半から1906年に亡くなるまでの約20年間、この山を描く。
 “キュビスム”の技法で描くことを探求しても、その正解が見つからず
 ずっと描き続けた。
 セザンヌが描いた作品の中には、いろんなバーションの
 ヴィクトワール山があります。
 その描き方は、初め薄い青色を塗り、そのあとへ様々な色を
 ばらばらに置き、それらをだんだん濃くしていくと、
 隣の色との境目がはっきりしてきて形体ができるというものである。
 本作品でも筆触を重ねながら色の調子を整えて、山や樹木を
 描いていく道筋がわかる。


サント=ヴィクトワール(Montagne Sainte-Victoire)
 フランスの最南端の町エクス=アン=プロヴァンスの郊外にある山。
 全長18km以上の石灰岩の山で、標高1011mの山です。

 アリス・プロヴァンス近くのサン・ヴィクトワールの山々は、
 フライのピーク時に1011メートルに達し、有名な印象派、
 ポール・セザンヌの多くの絵画が残っています。
 複数の視点を持つセザンヌ道路は、サント・ヴィクトワール塊を
 完全に賞賛することができます。
 南斜面は特に険しいです。
 プロヴァンスのこれらの風景は、壮大なサント・ヴィクトワールの
 山々がぶどう畑に囲まれた赤い土地に囲まれているほど壮観です。
 ハイカーでは、標高945mのクロワ・デ・プロヴァンス
(Croix de Provence)から、周囲の景色が素晴らしいところから
 歩いて行くことができます。



■サイズ・コンディション、その他


 
サイズ

  作品 61cm×49.5cm
  額縁 84cm×64cm


 
コンディション

  作品は良好な状態です。
  額縁は微細キズ有りますが概ね綺麗な状態です。


 
その他

  余白に作家印字ネーム、その他諸印字有り
        

  
見出し掲載欄「商品の状態」は、作品の評価としますので、
  
額縁の状態は別途コンディションにて参照下さい。
  基本的に額縁は無価値とお考え願います。

  尚、額縁や作品の主観による評価の双方の差異はご容赦願います。



☆☆真作と模写の表記☆☆

【真作】
 真作保証できる作品を真作と表記致します。
 作者自身、又は著作権者等で作成した
 リトグラフ、木版画などの版画作品も対象です。
【模写】
 真贋の判断ができない場合、又は作者不詳の作品は
 模写と表記致します。


 上記何れにも該当しない場合、真作と模写の表記は致しません。
 (複製画、オフセット、ポスター、工芸品など)


 尚、万が一、真作でない場合は返品、返金を申し受け致します。
 その場合、その根拠となる書面を添付頂きます。
 存命作家の場合は作家本人より、
 物故作家の場合は遺族、所定鑑定人より発行のものと致します。


☆☆額装取付け(シートのみの出品分など)、取替え(現状額縁の交換)☆☆

 全ての出品作品に於いてご相談致します。
 お気軽にお尋ね下さい。



支払詳細

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